2003年5月〜6月

股関節形成不全と膝蓋骨亜脱臼のサプリメントの件で、
先生とのコミニケーションがうまくいってない。
再診するたび、「MSMを飲ませたい」と言う私の意志が伝わらず
すこしばかり喧嘩ごし (^-^;
3月末あたりに気づいた「しこり」が気になって仕方ないが
先生に見て頂くと「大きくなっている? この程度なら様子を見てみましょう」との診断
気のせいかなぁ? 確かに目に見えて大きくなってはいないけれど・・・・
確証がないだけに強く押せずいる。
それでも「かなり少しづつですが 大きくなっているような気がするから」と
検査して欲しい旨何度か申し出るが、「検査するには摘出しないと 全身麻酔だよ?」
そう言われると思わず口をつむんでしまう。


 

2003年06月16日

再診日 (体重6.60キロ)

股関節形成不全と膝蓋骨亜脱臼のサプリメント(ケンプロン)が切れるので診察日
しこりを気にして、
あまり五月蝿くいう私を納得させる為か?
しこりをしぼって液を出し、顕微鏡でのぞき「アカラスじゃないよ」と言った先生
その時、この先生なにを言っているんだ?
このしこりを見てアカラスを私が疑っていると思っている?
それとも先生自身が本当にアカラスを疑っているの?
この時始めて、このしこりの診断への不信感が出てくる。




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2003年06月19日

パグ飼いのお友達と電話

(私) GUNNの右足ふとももに小さなしこりがあって
(世間話しのついでのようにでた話題)
(友人) そうなの?
そう言えば○○ちゃんちの○○ちゃん 肥満細胞腫を画像掲示板にUPされいるわよ
(私) へぇ〜 一度見てみます。
これでGUNNが肥満細胞腫瘍だったらお礼しますね あはははっ

などとそんな冗談を言えるほど切羽つまっていなかった。
友人との電話を切ったあと、なんとなく掲示板を見にいった瞬間に凍りついた。
体が震えるのがわかる。 しこりができてから、肥満細胞腫のことは調べていたが・・・
もっと大きなグロティスクなものばかりが目にとまっていたのだ。
しかし画像で見るかぎりでは、○○ちゃんと似ている まさか!!という気持ちと
何ヵ月も経っているので急がなくては!と焦る。 でも・・・・・・
不安を打ち消すためにも、先生を説得してなんとしても検査にこぎつけなくてはいけない
Daddy帰宅後、必死の思いで説明 できるかぎり早く休みをとってくれと頼む。


 

2003年06月21日

怖かったこともあるが、やはりどうしてもという時は男の人に限る
GUNN以外の問題で、何度かそんな思いをしてきているのでDaddyに頼るしかない。
Daddyと一緒に病院へ行く (体重6.55キロ)

「ほんの少しでも可能性(悪性)があるかぎり、その可能性を打ち消したい」
と彼が説明すると・・・・
「肥満細胞腫と???(なんだか忘れました)だけしかわからないけれど・・・・」
「たぶん良性だよ」と前置きしながらも
思ったよりすんなりと針生検による細胞診
をしてくれる。(なんなんだ! 笑)

しこりに針を刺し、中の分泌物を抽出。針を抜いた瞬間思いのほか出血が多い。
また私の顔がひきつる あ・・・・・いやな予感
待合室で待つこと約20分(混んでいたので)
Daddyは仕事の電話が入り、表で電話の応対をしている。
待っている間診察室の扉が開いたり閉まったり
顕微鏡で映し出された映像がモニターに写っている
見るからに「肥満細胞腫」だ! 「あ・・・でもGUNNのじゃないよ」 と心で繰り返すが
心臓が早鐘のように高鳴っているのがわかる。

呼ばれた!
先生の顔を見たとたん
私が否定し続けたことがまったく無意味だったことがその瞬間わかった。
「すぐに摘出手術します 肥満細胞腫の疑いがかなり濃いですね
放射線も考えていきましょう」
たった20分ほど前は、良性だと言いきった先生 「嘘だ!」と拒絶する思いと
今まで調べ見てきた、肥満細胞腫の針生検の画像とあまりに似ている現実。

(先生) 水曜日(25日)如何ですか?
(私) 待てません!!
(先生) 月曜日(23日)ならなんとかなるかも・・・・(看護婦さんと相談している)
(私) 今日今からできませんか?
(先生) 月曜日にやりましょう!

なにがなんだかわからなかった 帰りの車の中でも泣けなかった。
さほど天気がいい訳ではないのに、サングラスを外す事ができなかった。
ただただ、冷静にならなくてはと思う気持ちのみが頭の中で駆け巡っていた。

服用開始 シメチジン (合併症である胃潰瘍防止)
ケンプロン(股関節形成不全&膝蓋骨亜脱臼のために出ていた)を一旦中止

先生の指示じゃないけれど サメの軟骨は新生血管の形成を妨げる。
癌細胞の成長を押さえることもするが術前 術後だけやめようと決める。
ケンプロンを3ヶ月間飲み続けていたのである程度の維持力を期待
手術にむけ採血



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2003年06月22日

足を痛めた頃(股関節形成不全と膝蓋骨亜脱臼と診断された頃)に
あれ?と見つけたしこり
ブラッシングを右足だけ嫌がる事から始った
亜脱臼がひどい(その頃足を引きずっていた)左足をかばうために、
右足が筋肉痛になっているんだろう
と安易に考えていた。
だんだん左足が降りてくるようになり、それでも右足をブラッシングしようとすると隠す。
この時期 やっと毛を掻き分け皮膚を観察した記憶がある
始めは「あれどこ?」 「昨日あったのに?」 
このあたりだったと探しても見つからない時もあるほど小さかったし
毛の色 肌の色と同化していた。

再診日に先生に「小さなしこりがあるんだけれど」と言ったのはこの頃だった。
しかし、診察室で早く見つけようと焦る私は、見つけ出すことができず
先生も「すぐに見付からないほどの大きさなら問題ないよ」と
次の患者さんへと移動させてしまったのである。
その後 確実に位置を把握し何度か見て頂いていたのに・・・・・
少しづつ大きくなってきているような気がして 検査してくれと頼んでいたのに・・・・

もっと早くDaddyに行ってもらえばとまず後悔した
彼に行ってもらえばこんなにもすんなり、
針生検による細胞診をしてもらえた訳だから・・・・
先生に対しても 私の希望どおり、
どうして早く針生検してくれなかったのかと恨む気持ちがないといえば嘘になる。
16日に刺激した事により 「ダリエール症状」という赤斑? 腫瘍自体赤くなった。
腫瘍細胞から顆粒が放出されたのでは?
昨日も針生検をし刺激をしているので・・・・・不安がつのる
寝ていても息があがるGUNNを見ていると、
合併症として要注意の肺水腫をおこしたのでは・・・
と泣きたくなる気持ちと、急変した場合どう動くか頭がフル回転しだす。

誰かを恨んで後悔していては前に進まない。
他人を恨むことで逃げてもなにも変わらない!
そんな暇はない いろいろな状況に応じてどうしたらいいのか?を調べなければ、
腕枕をして寝ていてあげたい気持ちを押さえつつ ネットで手当たり次第検索をかける。
素人なりに頭では少しづつは理解してくるが、心がそれを受けいれることを拒む。
「何故 GUNNが」 「GUNNは大丈夫」と・・・・・
意地悪な誰かに「さぁ 見ろ!」と顔を背ける私の首根っこをつかまれている気分だ。
再発 死ぬという言葉だけがぐるぐると頭の中いったり来たりして、
誰でもいいからGUNNを助けて〜と叫びたい気持ちで一杯だ。
もし迎えなければいけない事ならば、
静かに穏やかにとも願う自分がいることも事実だった。



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